<< [再送]やっと、ですよ!! | main | 新年度 >>

スポンサーサイト

  • 2008.04.02 Wednesday
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

一定期間更新がないため広告を表示しています


泣いた

これから書く内容は、たぶんここの主旨から、外れてしまうと憶測しますが…。

キッカケがバンドだったので、ここに書く事にします。



昨夜、とあるミュージシャンのブログを見てたら…。
懐かしい方の名前と、その方に関する、驚くべき現状を知りました。


ex.44MAGNUMのVo.梅原“PAUL”達也さんが、《パーキンソン病》を発病されたとの事。


44MAGNUMの存在を知ったのは、解散したあとです。
メジャーデビューした年に解散するも、一昨年末に復活宣言し、現在活動中のバンド・D'ERLANGER。
そこのGu.CIPHERさんが、44〜のGu.広瀬“JIMMY”さとしさんをリスペクトしてると知り、ちょっと曲を聴いた事がある…程度。


改めて調べてみたところ、現在ZIGGYのDr.宮脇“Joe”知史さんは、かつてこのバンドにいたんですねぇ。
知らずに、「カッコイイ!」とか言ってました。
本当はもっと前から、音に触れてたのね(汗)。
それはさておき…。


一方的とはいえ、自分の知る人がこのような難病に冒されているという事は、やはりショックでした。
如月は9年末の今月、父親を難病を亡くしています。
父は、《筋萎縮性測策硬化症》という病でした。


(ご覧になっていない方には、判らない事ですが…。
そんな経験があるにも関わらず、既に削除した前回ログでの不謹慎な発言は、難病に苦しんでいる方とそのご家族に、不快な思いをさせるものでした。
今その重大さを、改めて痛感しています。
誠に申し訳ありませんでした)


症状を言うと[筋ジストロフィー]や、PAULさんがなってしまった[パーキンソン病]と、よく勘違いされますが。
調べたところ、同じ神経性疾患ではあるようですが、別の病気です。
《ALS》と略して呼ばれる、進行の早い難病です。


ブログを読んだ時、父の事を思い出しました。
闘病生活を送っていた頃、如月は既に実家を出ていて。
見舞いに行くたび、確実に衰えている父の姿を見るのが辛くて、見舞いの回数が減っていきました。


如月が上京を決めたのは、父の症状が末期の時でした。
既に自分の力では動けなくなっていましたが、意識はしっかりしていたので。
上京したい旨を伝え、父に認めて欲しかった。


今思えば、これは自分を正当化するためのエゴで、父を寂しがらせただけだったかもしれない。
けど父は反対する母を遮り、上京を認めてくれました。


死に目には、逢えませんでした。
危篤の知らせを受けて駆けつけた時、既に父の意識はなく…。
長く仕事を放っておくワケにも行かず、会社に戻った日の夕方、父は息を引き取りました。
苦しみながら逝ったそうで、
「娘にそんな姿を見せたくなかったんだろう…」
と、看取った人達から言われました。


当時如月が勤務していた会社は、父がいた病院から、車で2〜3時間かかる場所にありました。
意識のある父と逢った、最後の見舞いの時。
夕方になっても帰ろうとしない如月に、
「(危ないから)早く帰れ」
と、何度も言っていたのですが。
母が
「それより遠いところ(東京)に行こうとしてる事は、止めないのか」
と言われると、小さな声で
「行くな…」
と言いました。


何も答えられませんでした。
これが最後に聞いた、父の言葉です。
最後の最後まで、親不孝な娘でした…。


年月の流れと共に、父を亡くした痛みが薄れていき…。
昨年、唯一尊敬する人であった祖母を亡くし、父の死を忘れかけていた事。
PAULさんの事を知って、気付かされました。


その事といい、前回の不謹慎な発言といい…。
そんな自分が情けなくて、涙が出ました。
そして久し振りに、声を出して泣きました。


痛みは薄れる事はあっても、決して消えるものではないのに…。
自分はなんて浅はかで、愚かな人間なんだろうと感じ、思いを抑えられませんでした。


その最中テレビで丁度、とあるイベントの番組が始まりました。
ミュージシャンの絢香さんが[子供の笑顔を守りたい]と開催した、チャリティーイベントのドキュメンタリーでした。


絢香さんはそのイベントに、小児ガンの子供達を招待していて。
その中の1人の男の子がクローズアップされ、インタビューなどに応じていました。


ますます、泣かずにはいられませんでした。
この子達に比べたら、自分の背負っている痛みや苦しみは、本当にちっぽけな事ばかりで。
なのに、度々ヘコんだり愚痴ったりしてる自分が、恥ずかしくなりました。


声を出して泣いた事で、スッキリしたかというと、そうでもなく。
余計に、情けなくなりました。

『昔も今も辛い事・苦しい事から、逃げている自分』

それを、認めざるを得ない。
痛感させられました。


自分の弱さをごまかすため強がる事で、目をそらしてきたたくさんの物事。
消える事のない痛みを知っているくせに、至らない自分の不甲斐なさ。
月日の流れに溺れ、また同じ過ちをしてしまうんじゃないかという、不安。
そういったものが、涙と声に姿を変え、溢れ出たんだろう…と。


PAULさんの発病を機に来月、44MAGNUMのトリビュートアルバムが、リリースされるそうで。
売上の一部は、寄付金に使われるそうです。


買う事が、父や不快な思いをさせた方々への償いになるとは、思っていませんが…。
謝る他に出来る事が見つからないので、購入しようと思います。





スポンサーサイト

  • 2008.04.02 Wednesday
  • -
  • 06:55
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

コメント
如月さんが削除したブログを私も読みました。病名を冗談で書いてしまう如月さんが分かりませんでした。まさか御自身の御家族が大変な闘病生活を送られて、その姿を見てきた方があのような事を書いたのだと知り、更にショックを受けました。どうすれば今日声を出して泣いた事や感じた思いを忘れずに覚えていてくれますか??どうすれば書く事の難しさを分かってくれますか??御自身からすれば何気ない言葉かもしれませんが、その言葉で傷付く方がいるかもという事をどうすれば分かってくれますか??誰かから言われて不適切な表現だったと気付くのでは遅いのです。ぜひアップする前に、1度で良いので読み直して下さい。
  • 如月さんへ
  • 2008/03/10 12:34 AM
コメントする









この記事のトラックバックURL
トラックバック
calendar
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  
<< November 2017 >>
sponsored links
selected entries
archives
recent comment
recent trackback
recommend
links
profile
search this site.
others
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM